教育の進むべき道は?

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おはようございます。

 

 

鳥取県大山町と琴浦町で
整体をしています、
愛光流からだと心整体、隅田真人です。

 

 

 

本日もお読みいただき、
ありがとうございます。

 


 

現代社会は分業制です。
専門性が高い社会である、
ともいえます。

 

 

資格の有無などが
重要視されるもの、
そういった側面からだと思われます。

 

 

僕は理学療法士の資格、
中学校教諭、高等学校の教諭の
資格を取得しています。

 

 

先日、
「学校は校長で変わる」~塾の先生が校長先生になった~
という書籍を読みました。

 

 

著者が学習塾の先生をしておられ、
ある日突然、私学の校長を任された。

というところからお話が始まります。

 

 

「校長は保護者や生徒の代弁者」
との立場から、
閉塞した教育現場を、
次々に改革した記録、です。

 

 

とても読みやすくて面白かったです。

 

 

 

著者のさまざまな学校改革によって、
この学校は変革していきます。

 

 

 

著者が行った改革の中で、
外部の人材を登用されたお話がありました。

 

 

それは学校関係者ではない、
外部の方々に教壇に立っていただく、
というものでした。

 

 

具体的には教員免許のない、
塾や予備校の先生に教壇に立っていただき、
授業をしてもらう、
ということでした。

 

 

 

教員の資格を持たない者が
教壇に立つことは普通はできないのですが、
私学の校長である著者の場合には
一定の範囲内でその権利が与えられていました。

 

 

そして著者はその権利を行使し、
授業の改革に乗り出しました。

 

 

教科指導に関して、
受験指導に関して、
学力向上に関して、
偏差値を上げることに関して、
入試問題研究に関して、
教科の専門性に関して、
塾や予備校の先生は
とても優れておられます。

 

 

極論的ですが
学力向上の重要な部分は塾に任せて、
公教育を担う学校は
人間教育や生徒指導をしっかりやるべきだ、

というような著者の思いがあったようです。

 

 

 

「教育」の「教」の部分、
すなわち学科指導の専門性の高い分野は、
予備校の先生や塾の先生が担当する。

「教育」の「育」の部分、
すなわち生徒の心を育み、
仲間とともに育つという
クラスワークや学校行事、
クラブ活動などに関しては
学校の先生が担当する。

 

 

もちろん学校の先生も
授業を担当はするのだけれど、
適宜、助けていただく、
という形のようです。

 

 

そして著者は、
「教える」ことと
「育む」ことを分けるという
「教育分業制」は少子化の中、
今後ますます重要になる、
としておられました。

 

 

僕にはこの発想はなかったので、
とても印象に残りました。

 

 

「教」と「育」を分けて考えて、
実行する人が得意な分野を
それぞれ一人の生徒に提供していく。

 

 

生徒さんにとっても
いいことなのかもしれません。

 

 

われわれ整体をやる人間も
人を対象としている職業ですので
置き換えて考えてみました。

 

 

 

西洋医学は
身体と心を分けて考えていました。
徹底的にミクロの視点で追及していきます。

症状や不良部位を
徹底的に科学的に解析していきます。

 

 

そのために、
人間にとって好ましくない結果が
現れたこともあったようです。

 

 

現在では、
より全体的に評価する
東洋医学がもてはやされ、
さらに
心がとても大切に
取り扱われるようになりました。

 

 

カウンセラーなど
心に特化して取り扱う専門家も現れました。

元々おられたのですが、
社会的評価や地位が向上しました。

 

 

 

身体から心を捉える者、
心から身体を捉える者、
さまざまです。

 

 

われわれ整体をする人間のことを、
整体指導者といい、
ある意味、
その方の道しるべとなるべく存在しています。

 

 

人間を語るには
身体だけに非ず、心だけに非ず、
です。

 

 

片方だけでは
人間を語ったことにはなりません。

 

 

本当は
人間はもっと複雑であり、
もっと単純なものなのですが。

 

 

分業制の社会や専門的な社会というのは
ある意味、偏りのある社会です。

 

 

身体を整える、
心を整える、
そのことの重要性を感じて、
偏っては戻して、
偏っては戻して、
その繰り返しが生きている、
ということです。

 

 

 

さて、
医療や健康という分野がたどった道を
教育もたどるのでしょうか?

 

 

いったん分けて考えて、
ひずみができたなら、
全体観にもどっていく。

 

 

もしそうなら
教育という分野は
まだまだ発展途上といえます。

 

 

まだまだ未発達で時間がかかります。

 

 

いずれにせよ、
教育現場に許されている時間は少ないです。
教育とは本来
3年や6年間で終わるというものではないからです。

 

 

医療や健康も同様ですが、
長い目で観察し続ける環境があると
また、違ったものになるかもしれません。

 

 

 

本日もお読みいただき、
ありがとうございます。

 

 

 

 

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