【整体】餅は餅屋というけれど

整体について

餅は餅屋ということわざがあります。

知ってる?こさわざ「餅は餅屋」の意味と正しい使い方|@DIME アットダイム
何につけても、「結局はその分野の専門家に任せた方が上手くいくこと」を表したことわざ「餅は餅屋」。誰しも一度は耳にしたことがあるはずだが、その由来まで知っている人は意外と少ないかもしれない。そこで...

こちらで調べてみると

餅は餅屋とは、「物事はそれぞれの分野の専門家に任せるのが良い」という意味のことわざ。いくら素人が上手にできたとしても、しょせんは素人仕事で、専門家には到底かなわないことも少なくない。そのため、専門的なことは、それぞれの専門家に任せるのが良いという教えをことわざにしている

とあります。

確かにそうかもしれませんが、そればかりがすべてではありません。とくに健康に関しては少し考えることがあります。

 

身体の不調をきっかけに整体にお越しになる方が多いのですが、身体の不調をどうこうするというのはわたしたち整体の人間ばかりではありません。お医者さんはもちろんのことおクスリ屋さんなんかもそうですね。胃腸の調子がよくないと胃腸薬を近所のドラックストアかなんかで買ってきて飲んだりもされることでしょう。胃が痛いのでお医者さんの所に行って胃薬を処方してもらうなんて言う方法もあります。

整体では右の太ももの前側が胃の急処になります。

細かく言いますと食べすぎの胃の急処です。胃潰瘍とかには向きません。

 

単純に胃という問題、胃の不調と言ってもさまざまな方法があります。

餅は餅屋で言いますと痛みや不調などは本来はお医者さんの領域なのではないかなと思います。病気と呼ばれるものの専門家は病院ですからね。

整体は身体の痛みや不調だけを取り扱うところではありません。

「腰痛専門の整体」などと言われてしまいますと、どういうことかわけがわからない。

 

わたしたち愛光流では整体操法といって一般的に言われる施術のようなものを行います。時間にすると15分とか20分です。お身体を細かく拝見したり、お話を伺ったりする時間、お手当の方法や日常生活の注意点をお話させていただきます。それを含めても大まかに30分程度で操法時間は終了します。

身体は刺激に対して敏感にできています。そうしないと身体の異変に気がつくことができないからです。身体に異変が起きているとき、何かしらの症状が現れます。足に異常があるときには足に痛みが出たり、足が腫れてきたりします。そうなったら「足が悪いんだ」って思うじゃないですか?そして「足が痛いから家でじっとしていよう」とか「痛い方の足をかばうように松葉杖を使おう」とか思うじゃないですか?普通。

身体が鈍感だと身体に異変が出ない。出ないどころか出てもわからない、わかっても無視するようになります。そうなると身体側の意見としてはもう少し強めの信号を出す。だってこの本体さんはわずかな信号ではわかってくれないから。足の痛み信号をもっと強くしたり、もう少し腫れを強くしたり、熱を持ってみたりします。

それでも本体さんは無視し続けます。無視しようとし続けます。だって明日も仕事があるから。

 

ご自分のお身体よりもお仕事の方がたいせつという人は案外多くいらっしゃいます。身体に鞭打ってお仕事をされている。すばらしいと思います。でもこれも変な話なのですが、それほど大事なお仕事のことはあまり好きではない人も多いのです。

 

餅は餅屋なのかもしれません。

しかし身体は餅ではありません。

一方で何時間も人の身体をまるで餅のようにこねくり回す人もいますが、ご存じのようにわたしたちの身体は餅ではない。こねくり回せば回すほど鈍感になるようにできているのです。

身体を鈍感にしたその先には何が待っているのだろう?

おそらくご自分の限界もわからない。そして身体側からの急ストップのサインがやってきます。それが大きな病です。病は忌み嫌うものかもしれません。病さえなかったら、そう思う人もおられると思います。でもそれ以前に身体の異変に気がつくことができたのではないでしょうか?それを無視し続けたことが本当の後悔として残っているのではないかと思います。

 

愛光流では整体操法の技術はもちろんですが、生活指導に重きを置いています。「こういった運動をしてください」「こういった食事をしてください」「寝る前にこういったことをしましょう」などなど・・・。

ご自分でお手当の方法がだんだんわかってくると「最近眠れないので目の蒸しタオルをしてから寝ていました」とか「梅雨になる前に腰をよく捻っていました」などおっしゃられる方、会員さまですね、が増えます。身体に対して自分で何か対策ができるというのは身体に対する興味、関心があるからです。

餅は餅屋などといってご自分の身体の健康を誰かに預け切るのではなく、自分でも何かができるというのは知識であり、やったことの経験です。それは万事に通じ「何があっても自分でも何かできることがあるのではなかろうか?」と自発的に考え、実行する力になると思います。

病気になった、痛みが出た、不調をきたしたという部分だけを取り扱うのは整体ではありません。整体操法は整体操法個人指導と言います。これはその人の身体を取り扱う方法を個人的に指導するという意味です。

餅は餅屋に任せるのではなく、その人自身が自分自身のお身体を取り扱う餅屋さんになっていただけたらと思います。整体はそのように活用いただけるとよいのではないかと思います。

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